成せば成るかもしれないぼくら
Second-Stage  第4話

 きらびやかな白光の一撃。
 薄幕のシールド越しでも網膜に染みる。
 それを、直接浴びせられた方は堪ったものではないだろう。まして闇の属性。すたこらと自陣へ退却した仕手は、主の叱咤鼓舞など効かず召喚陣へと消えてしまう。
 勝負あったなと見遣った対面、悔しそうに唇を噛んだ後、こちらの視線に気付いてそっぽを向けば、判定は言わずもがな。

「はーい、そこまで。タイラーの初勝利」

 間延びしたアルシアの宣言に、タイラーは、控え目で小さなガッツポーズをしてみせた。
 噛み締める勝利の味。
 実に長い連敗街道だった。
 本当にこれでようやく、夕食後の慣例授業である召喚勝負に張り合いが出るというものだ。
 最も、これまでに対玉蘭で積み重ねた黒星は、今宵やっとの初勝利で精算叶う数でも、実績でもないのだけれど。
 それでもだ。ここからのリスタートに、タイラーは確かな手応えを得た。
 まともな勝負すらできなかったこれまで、下準備という召喚陣の作成に嘆いたシビアさは、相手の出方を計れるようにもなれば素早く組み上げられる。肝心の精霊招聘もまた、さほどの苦もなく実行できることを知ったのだ。
 全てはそう、悪戯好きな小さき者のおかげ。
 相変わらず勝手気侭に翔び回る無制御も、今は許してやってもいいだろう。アルシア特製の卓上召喚フィールドを、納得いかなげに睨む玉蘭を刺激してくれさえしなければ、だが。

「で。どうするタイラー?」

 壁のボードに張られた成績表へ“タイラー”の名を刻みながら、アルシアは、玉蘭に押し付ける明日の仕事を聞いてくる。
 弟子入り初日に勝手に決められた、生活雑事の役割分担の肩代わりが、この召喚勝負の代価であって。これまでタイラーは毎晩毎度「料理お願いね」と告げられていたものだ。
 それが今夜はタイラーの特権。考える間もなく、

「朝市での買出し頼むわ」
「はいはい、」

 得意料理の習得は愚か、茶を淹れることすら未だままならない玉蘭へ言える無茶は知れている。いつもと何も変わらない役割を改めて告げるのは、今や二人の暗黙の了解だ。
 重いのは嫌よと、それでいての要求に手早くリストを差し出せば、玉蘭は召喚勝負終了後、初めてタイラーに視線をくれた。

「やっとコツを掴んだ、てことかしら」
「意思の疎通と言ってくれ」

 と、ぷよんとした触感の卓上召喚台のアーチを小突けば、勇んで寄ってくる風の精霊。背の薄羽は三枚から四枚へと進化して、微かながら彼の“声”も聞き取れる。

 四日前----
 手伝わされている感の強かった、玉蘭の精霊契約。幾度も繰り返された失敗と徒労は、タイラーが契約するシルフの昇格として結実した。

 そこで学んだ事柄はみっつ。

 ひとつは、精霊種間に存在する相性。
 タイラーも玉蘭も、召喚に際して重要視していたのは波長であった。契約を求める側のランクが格段と高ければ問題のない些細も、二人のクラスでは契約以前に召喚に応じてももらえない。だからこそ玉蘭は、在学中に「合わない」の実経験から、風の精霊種との接触を避けてきたという。
 しかし五日間に及んだ召喚契約の失敗で、玉蘭だけでなく、タイラーも、思い込みに近い盲点に気付かされた。
 在学中から既に黒法という、特殊利力の使者を憑き物としていた玉蘭の場合、反発していたのは彼女自身の質ではなく、その使者と召喚される者。そして、そこから導き出せた使者の属性が、風の精霊種との決定的な齟齬を生み出していたのだ。
 再びの拘束から解き放ってやった後、玉蘭はさすがに、これはタイラーの仕業ではないと気がついてくれて。何が駄目なのかと討論の結果、タイラーの傍を離れないシルフと、玉蘭の呼び出しに応じない青呼との関係に目が向いた。
 だが、タイラーには邪法とも呼ばれる黒法の知識は乏しく、使者の属性に対する納得のできる意見は玉蘭にもなかった。
 そして、駄目で元々縋った視線の先で、ようやく弟子の問いに応じたアルシア。思わぬ時間を要して辿り着いた失敗の原因を、

「黒法は俗に、光好まぬ技とも言われてるんだから。基本属性は“影”だよな」
「契約相手の選択から間違えていたのね」
「理由は?」
「四大精霊中、最も光種に近いのがシルフだから、です」
「にしては露骨に嫌われてなかったか?」
「言っておきますけど、ここまでされるのは初めてよ」

 だからこそ仕掛け人を疑われたタイラーも、今や晴れて無罪放免、最も疑わしき人間は他に居るのであった。

「仮に、なんスけどね、マスター。立ち会い人の属性が強ければどうなりますか。精霊に懐かれるような人間とかも」
「手出ししなきゃ平気じゃないの」
「でもあたし達はまだまだアンダークラスだわ、召喚陣が影響されちゃうことがあるかもしれないわよね?」
「うーん、どうかな」
「ドラちゃん入って来ないスよね、ここ数日、このテラスへ」
「当り前じゃん。ノーム(土)族だよ、ドラちゃんは」

 と、アルシアは一人不貞腐れた表情になり、弟子達は苦笑い。自身の多大なる影響力をどこで認識して、気がついたのか、問い質せばもっと機嫌を損ねてしまいそうな、子供の横顔。
 とはいえ五度目のこの正直は助言あればこそ。助かりましたと揃えた言葉を、林檎かじって誤魔化す[光の導師]の存在に改めた認識はふたつめの経験値だ。

 契約者間の相性を重視する大切さ。
 交わす契約の意味とは絆だ、と教えられた、その真意。
 扱い辛いの理由ひとつで、いつもいつも強制措置に踏み切れば、それだけ理解が遠くなり、タイラーは、小さき者の意思を知ろうとしなかったこれまでを思い知らされたようだった。

 意思の疎通が図れないのは魔力レベルではなく、心の持ちよう。

 今回の件も、また。タイラーがシルフの“声”を聞き入れていれば、もっと早い段階で玉蘭が契約に至れない理由を知れたであろうし、焦れた精霊に実力行使をされることも無かったのだ。
 玉蘭にしても同じ。断片的にしか伝わらない青呼の“声”を上手く汲み取れない慣れが、今回の意固地に繋がったらしい。

 見合っていると、それぞれに納得するからこそ交わした契約。
 自然の利力の、ほんの小さな欠片を有益にするも、無為にするも、やはり己次第。

 小さくとも力強さを増して、なお嬉しげに翔び遊ぶ精霊は、これから先も懲りず、諦めず、時には強引に、心許ない主を導いてくれるだろうか。

 そして、みっつめ----

 初勝利の余韻を味わいながら、香草茶片手の雑談に興じたせいかもしれない。弟子から師へ、或いは弟子同士の論議の一時は、心地良く眠るための習慣となっていたのだが。
 凪いだ水平線の向こう、月影がすっかり見えなくなってもタイラーの思考は冴えたまま。寝返りを繰り返すのにもいい加減飽きてしまって、寝床から這い出した時だった。
 コンコン、と小さなノックが二度。タイラーが寝ているものと覚悟した、控え目な訪問者があった。

「どうぞ?」

 そう告げてもドアは開かない。聞こえなかったのかと、わざわざタイラーが立ったのは、そうでなくとも同居するどちらともつかない遠慮の気配だったのに。
 押し開けたドア、木造の影から顔を出したのはやはり同居人に違いなく。

「……おう。こんな時間に、どうした」

 珍しいな、と続ければ、愛想の良い笑みが、玉蘭の顔に浮かぶ。

「起きてたの?」
「まぁな」
「それは良かったわ。少し付き合って頂けないかしら」
「----何を?」
「雪辱戦」

 と、更に笑顔が深まった。
 嫌な予感に従ってドアを閉めようとしたのだが、半身を押し入れられ、勘違いしないでと言われては聞くしかない。

「あれが最後の勝負なら話は別だけど。----良い月なのよ、今夜」
「もう沈んじまってるぜ?」
「魔法使いの科白じゃないわね。いいから来て」

 腕を掴まれ、引きずり出され、夜着のままであると言っても構わないわと退けられて。連れて来られたのはテラスだった。
 海沿いの断崖絶壁に建つアルシア邸は、四六時中潮風に晒されている。それでいて少しの腐食も見当たらない白亜の造作。沈んだ月に劣らず、降り注ぐ星明かりはタイルに埋められた雲母にたっぷりと反射し、視界は十分に確保されている。
 だが、今宵、照明代わりはまだあった。
 足止めた玉蘭の靴先、仄かな自光放つは魔法陣。
 万端描かれたその様は、タイラーを最初から巻き込むつもりだった作為に満ち溢れてやしないだろうか。

「何を始めるつもりだ」

 答えが欲しかったわけじゃないのだ、そこに待ち構える陣形はつい先日まで嫌になるほど見続けたと同じもので。

「あれから調べていたの。ノームに近しい青呼と、引き合う可能性を持った精霊族のこと」
「さすが勉学の徒。結果は言うな、聞きたくねぇ」
「それは薄情じゃなくて? タイラー」
「俺はもう十分手を貸した」
「納得いくわけないじゃない、アンタのシルフだけが昇段して。ずるいのよ」
「いや、待てって。そもそもお前が青呼と連携取れてりゃあ、手間取ることもなかったんだぞ」
「だからこその今夜だわ。早く手伝って、時間勿体ないでしょ」

 そっちへお願いと、有無を言わせぬ指が示すタイラーの位置は、玉蘭の向こう正面。聞き入れてやる謂れなど、これっぽっちもなかったお願いなのに、意外と足は素直に魔法陣を回り込む。
 真剣さが判るから。多少強引ではた迷惑だとしても、懸命な意味を、理解してしまうから。

「それで?」
「詠唱はあたしがするわ、魔力を貸して欲しいの。守護聖獣を召喚(よ)んだ時の感覚を覚えてる?」
「……大物はもう御免だ」
「青呼に合わせるなら、夜行性の種族しかないんだもの。多少のリスクは我慢してよ」
「多少、ね……」
「相変わらず細かいわね、大丈夫よ、あたし達相性抜群だってアルくんも言ってたじゃない」
「抜群とはまでは言ってなかった気が、」
「御託は終わり。集中して!」

 叱咤の鋭さに思わず、はい、と出かかって苦笑した。

 確かにアルシアも言っていた。
 タイラーと玉蘭、学院で一度も顔合わせたことなく、まして性格の違う二人なのに、派調は合っている、と。
 軽く息を整え、澱みない玉蘭の詠唱に聞き入れば、実感してしまうのだ。
 重なっていく力のリズム。
 だから選ばれたのかもしれない。
 ただ二人、共に学び高め合っていくに相応しい相手として。

 今はまだ認めるしかない。
 その猪突猛進が事実タイラーの糧ともなっている以上----


 明くる朝。
 爽やかな光の眩いテラスにて、二人揃って伸びた姿を師たる少年に発見される現実もまた、求め得た貴重な成果。








to the Next Stage...



成せば成るかもしれないぼくら Second-Stage 第4話
20080825

image by 七ツ森

Back   Next Please wait.
return