すれちがい

「あの人がわからない……」

 促されるまま、漸く吐き出せた思い。
 そうね、と呟かれ、首を振った。

「わかることも、あります。だってもうずっと一緒にいるんだし」

 膝に置いた手が震えていた。
 握り締めて、堪えた。

 あの人の考えることを推察するのは、ある意味で容易い。良く言えば素直、そうでなければ単純な、理論と思考と理由の持ち主。
 だからとても優しい顔を見せる。それは、大切、という思いの最もストレートな表現方法。
 柔らかで心地好く、くすぐったい気持ち。呆れるくらいの無償の誠心。その一方で、負の感覚を持ち合わせていないかのように振舞うから。

 それがどうしても我慢出来なくなった。

 信じられるわけがない。
 明け透けな気持ちを疑うくらいに様々なものを持て余して。それを不快に思うから、苛立ち、目を逸らす為に醜さを押し付けても。
 笑って受け流す。

 そういう春風みたいなところを好きになった。
 けれどいつしか、望んだはずの態度に、息が詰まられる自分を見つけ出してしまっていて。

 優しさだけを求めた幼き時期は、疾うに過ぎていた。
 時に悲しみが欲しい。
 愛しむだけの存在じゃないのだと。
 甘やかだけではない、痛みを。

 自分という存在が、その心を揺るがすのだと確認させて欲しかった。

「それって、わがままだったのかな」
「わからないわ」

 あの人じゃあないんだもの----小さな苦い笑いに、私もただ微笑むしかなかった。







End

20070412

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