First-Stage 第2話
しげしげと、スモークグリーンの刀身に眺め入る無心の横顔。聡明で理知的。そしてはっとするほどの光称えた紫水晶の瞳。
想像していた至宝の知識に、それはよく噛み合った凛とした姿。
だが実物とは、得てして期待ばかりが膨らんだ妄想でしかないのかもしれない。
無作法に視線を固定していても、少しばかり過ぎるような幼さを滲ませた頬に、気付いた様子はまるでなくて。
「----本当に“ある”予定じゃなかったみたいね」
玉蘭の耳打ちへ項垂れるように同意すれば、食後のお茶は溜息の味。
「“ある”と仰ったように記憶してるんですが……」
タイラーの手にするマジックソードへ、興味津々な様子のGM(グランドマスター)。疑い深い玉蘭の問いに、大きく頷き、言い切ってくれたのだ。
「かもしれないって話。オレ剣技からっきしだよ? おかしいな、どこから紛れ込んだんだろ。タイラー、それ見せてくれないか」
我慢できないとばかりに両手を差し出され、無垢な瞳に見上げられ、タイラーとしては引き渡すしかない。何しろそう要求するのは、忘れているだけの本来の所有者、かもしれないのだ。
その渋りだけは、さすがに判ったらしい。
アルシアはちょっと苦そうな笑みを見せ、
「ちゃんと返すって。これはもう君のものなんだよ。----あ、食べていいよ」
テーブルに並んだ相当数の料理をおざなりに示して、それっきり。アルシアはまるで手をつけず、目新しいマジックソードの観察に勤しんでいた。
港街らしい料理が用意されていたのは、潮風が好きなように通り抜ける目覚めた時の部屋の、窓際の一角。そろりと見回した限り、動くあのマンドラゴラは居らず、玉蘭と共に安心して席に着いた。
そしてようやくありつけた、何十時間ぶりかの朝食は、副菜までもが充実し、かなり美味いものだった。空腹時のことと差し引いても、できると言った玉蘭の予想は当たったらしい。
だが、それら質量共に豊かな支度が、斜めにしたり指で小突いてみたりと、隅から隅まで剣を弄繰り回している少年の手になるとは、どうしても思えなかったのに。あらかた食らい尽くしたところで顔を上げ、「久しぶりに作ったんだ」と嬉しそうに食後の一杯まで供されては、素直にご馳走様でしたと言うしかなった。
ちなみにそのお茶も、アルシアが菜園で栽培した薬草らしい。摩訶不思議な匂いすれども咽喉越し爽やかな、水色の香草茶。
「で。これの鞘は?」
と、食事の場であることも構わず、鋼の武具を渡そうとするアルシア。
慌てて腰を上げたタイラーだが、はてと考えてしまった。
あのダウジングの際、それらしいものは果たしてあっただろうか。
「……無かったと思いますが。セットですよね、やっぱり」
「うーん、どうかな。そもそもの入手の記憶がないからなあ。裸のまんま、オレの手元に来た可能性だってあるよ」
「そういうこと、多いんですか?」
「そういうことって?」
「覚えのない魔具が転がってるとか」
「うん、わりと。出先でさ、たまに引っ張ってくるんだ」
何を、とか。
どうして、とか。
問い質せばきっとタイラー達の手には負えない、純真な答えが返ってくるのだろう。
「どうしようか。鞘ないと困るよね」
「街に鍛冶屋は?」
「ね、それ魔具よ。鍛冶屋に持ち込んでどうするの」
「そうだよタイラー。無いなら自分で作らなきゃ」
「はい?」
「マジックソードは成長するんだ」
また唐突な試練を言い出されたのかと不安に見上げれば、アルシアは細い指を一本立て、オレは門外漢だけど、と前置いた。
「アイテムのレベルにも因るけど、自らが認めた所有者の魔力に沿うよう、彼らはどこまでも成長する。それは知ってるよね」
「はい、習いました」
「マジックソードの場合、本来ならワンセットの鞘もそうであるべきなんだ。でもこっちに成長概念はない。敢えても持たせてないらしい。どうしてだか、判る?」
「あ……と、蓄えた魔力の暴走を抑えるため、段階が……ソードのレベルに見合った鞘が必要だから……ですか」
「弱気は嫌いだと言ったろ」
躊躇いをばっさり切り捨てられ、タイラーは、はっとする。
出会って間なしに言われたと同じ台詞。
「オレ達は魔術を扱う。言霊(ことだま)を操作し、自然へ介入するに等しい行為である以上、口から出す言葉は力だ。信念を持て。そうすればね、」
タイラーと玉蘭をそれぞれに見ながら、アルシアの指が真直ぐに空を示した。
「きっと上に連れて行ってくれるから」
そう笑んだ紫の瞳。
躊躇いなどは知らないとばかりに毅然と。
堂々として何気ない。
「すいま……、いえ、はい。心しておきます」
「頭で色々考えちゃってる派? タイラーの克服課題はその姿勢だね。見かけ豪胆そうなのに。あ、もうひとつあったか」
そして、ぽんっと手を打ち合わせる仕草は軽妙そのものだった。
「そのマジックソードと相性の良い鞘作製が、まず第一の課題だな」
「----期限は?」
「さすがに一朝一夕では作れないだろ、少しづつでいいよ。但し、材料は全て自分で調達すること。オレの手持ちを分けてもいいけど……、うん、分けてあげる。条件付で」
自らの思いつきが、よほどに気に入ったのだろう。
収まりよくソファに座った少年は、矛先であったタイラーだけでなく、神妙に話の推移を伺っていた玉蘭までもを指し、
「君ら、召喚術使えたよね」
とびきりの笑顔。
見遣れば玉蘭も、さすがに落ち着きなさげな瞬きを繰り返していた。
「夕食後は毎晩、召喚対決だ。時々オレも混ざるからさ、それで勝ったらタイラーに材料分けてあげる」
「いきなりそんな。俺が不利すぎやしませんか」
「君ら連合軍でくればいいじゃん。召喚は、魔力配分にうってつけの訓練だし」
「そうかもしれませんが、あたしには、訓練以外のメリットはもらえないんでしょうか」
「大丈夫だって。玉蘭が勝った時は、翌日の当番を全部タイラーに押し付ければいい」
「当番?」
完璧でしょと賛同求めるアルシアと、ひょんな言葉へ揃って食いついた弟子2人。教授役は首傾げ、
「日常の世話までやらないぞ、めんどくさい」
「判ってます。というか、それは当然なことで、」
「いつ当番が決まったんですか?」
「これから言うよ、気が早いな」
すでに役目を割り振ってあるらしいが。それはあくまで、アルシアの頭の中でのことで、実際の得手不得手に考慮ない無茶だけはないよう、半ば祈る心地になりかけていた。
「タイラー、力仕事とかOK?」
「体力には自信あります。故郷が田舎なんで。大工仕事とか苦手なんでけど」
と、力を込めて請け負ってしまっていた。
「だったね。じゃあそっちは色々任せるわ。----でね、玉蘭にはオレらの食事とか、」
「力仕事だったらあたしもできます!!」
皿が踊り上がる勢いでテーブルに手を着き、玉蘭が膝乗り出してきた。
その後姿は、女性らしいシルエット。何よりもあまり体力のないらしいとは、あの試験の最中で知れたことのはず。
「魔力ばっかり使ってらんねぇだろ」
「あたし大工仕事できるかもしれないわ」
「ああ……手伝うってことか?」
「それでもいいわ、ええ、それで十分よ」
「ね、玉蘭、」
「そういうわけで、マスター。 あたしはタイラーの手伝いをすることに決まりました」
「でもそれって結局同じだよね」
と、アルシアの声は何故か震えていて、玉蘭もまた何かを堪えるように肩を揺らす。
「この先タイラーがやること全部手伝うわけ?」
「……一部、除かれます」
「試験どうしてたの? 今もあるでしょ」
そんな言葉に、タイラーだけは蚊帳の外。
玉蘭はますます小さくなっていく。
「----落ちました。2回」
「単位は?」
「筆記でなんとか」
「そっか、判ったよ」
「あの……」
「うん。こういうわけだからねタイラー、料理全般もよろしく」
最早呟きでしかない玉蘭に耳そばだてていれば、真顔でそう告げられて。
思わず顧みたとして、何がいけなかったのか。
きっと顔上げた玉蘭と、タイラーは目が合ってしまった。
「どうしてっ魔法学校で料理の試験なんかあるのよっ! おかげであたしがどれだけ苦労させられたか……っ!」
「ちょっ……俺は関係ねぇ……つうか、マジで料理できねぇのか?」
「できないわよ! これっぽっちも! 文句あるわけ!?」
「……ありません」
タイラーはただただ大人しく、涙目の赤面に、同意の頷きを返してやるばかり。
しかし、さすがに我慢できなかったらしいアルシアは、ごめんね、と断りを入れ、声上げて笑い出してしまった。女性というものへの配慮がある反面、やはりまだ少年なのか。
玉蘭は肩身狭そうに立ち尽くす。
なし崩しの話に入ってしまったせいで、まだ片付けられていない料理の皿。それに盛られてあった料理を用意したのは笑い転げる少年だ。
「……魔術の勉強に行ったのよ、あたしは」
「サバイバル訓練あったろ」
「生き残った者勝ちだったじゃない」
「だから“食”も仕込まれるんだよ」
と、アルシア。ひとしきり発して気は済んだらしい。癖だろうか、手をひらひらと振りながら、
「魔力を生むのは精神、精神は肉体に育まれ、食、すなわちエネルギーが肉体を維持する。健全であるべきこの循環を保つのは誰でもない、自分の責務だろ」
「それは判ってますけど……」
「玉蘭の課題その1、得意料理を何かひとつ習得しよう」
「----精一杯努力します」
手を握り締め、ゆっくりと頷いた玉蘭。その姿は究極の選択を迫られてさえいるように見える。
在学中どれだけの辛酸舐めたのだろうかと----心配になってきた。この先GMたる少年が、料理などという日常の瑣末事に関わってくれるとは思い難く、それは即ちタイラーの役割、ではないのだろうか。
「決まりだね」
風に乗る声は楽しげで。
不意に押し黙った弟子達の心中、やはり構うことなし。
成せば成るかもしれないぼくら First-Stage 第2話
20071128
image by 七ツ森