成せば成るかもしれないぼくら
First-Stage  第4話 [2]

『火蜥蜴襲来の原因究明及び解決を計れたし』

 アルシアに舞い込んだ「仕事」内容は実に簡潔。
 正式な要請書だという羊皮紙に記されていたのは、村への地図と、そんな文句だけ----らしい。きちんと持って来ていたアルシアは、それを広げ、ほらねと見せてくれたものの、タイラーにはやはり白紙としか思えなかった。
 しかし玉蘭は、そこに何か、が見えているようで。解読を試みている低い唸りを見守っていたが、まるで読めない、と諦めた。

「さすがにこれじゃあ、何も出来ないでしょ。だからみんなの話を聞いてたんだ」

 として、アルシアが行った詳細の補完と確認事項もまた明快だった。

 ある日突然、正確には二週間前。村人達は、ごく近い森で起きた火災と、けたたましく吠える犬のおかげで、人里に下りているサラマンダーの存在に気がついたという。運良く降り出した雨に助けられ、延焼も、被害も、免れえたのはその時のみ。二日と置かなかった発見時、数を増やしていた彼等の怒気に成す術はなかった。
 昨今要としなかった自警団を結成すると同時に始められた、原因探し。元素に属する者達が人里に寄り、あまつ危害を加えるとなれば、そこには必ず要因がある。
 しかし村長以下の懸命かつ至急の行動に、これといった事柄は何ひとつ挙がらず、災禍だけが積み重なる日々。焦燥した村人達は早々に自己解決を諦め、救い手を外部に求めた。雨季が間もなく終わってしまうせいだった。


「しらばっくれてるヤツが居る、と言いたいとこだけどな。さすがにこの距離じゃな」

 タイラーの断言に、そうよね、と玉蘭は村を振り返る。

 最初にサラマンダーが目撃されたこの場所は、一望とまではいかないにしても村が見える距離にあった。
 もし村人の誰かが本当に原因だったにしても、風向きひとつで自らも暮らす場所を壊滅しかねない不測を名乗り出ない理由が見つからない。村長はそう耳打ちし、住人同士の深刻なトラブルもなかったと言い添えたという。それを信用するかどうかは、また別の話。
 何しろアルシアと玉蘭が、心当たりがないと言い張った彼等の中に、原因らしきものを見ている。案内を断り、3人だけで村を離れたのも、その疑惑を含めた今後の行動確認を改める必要があったからだ。

「順番にいってみようか」

 ようやくの説明を聞き終えた2人に、アルシアは悪びれもしない。

「サラマンダーが、この村を狙い撃ちにする必要は確かに存在する。でも誰も、それに気付いてない。どうしてかな?」
「不都合をやらかして名乗れなくなった、が妥当じゃないですかね」
「例えば?」
「村の水源なんスよね、ここ」

 多人数に踏み荒らされていた火事の跡は、森から引いた湧水を溜めておく井戸だったらしい。最近新しくしたばかりという木造設備は見る影も無く、黒く燃え尽きていた。

「本来の水源が精霊の棲む森の奥なら、水の確保が急務じゃなくても、手近なこの場所は貴重な協同資源。それをサラマンダーに燃やされるくらいの何かをしでかしちまったなら、言えっこないと思いますけど」
「狭い村よ。そんな大きなミス、本人が必死で隠したとしても誰かは気づくはず。人死が出かねない現状に平静でいられるほど、彼等の神経も太くないわ」
「オレから、もうひとつヒントね。集まっていた人達に限定すれば、嘘をついてる様子はなかった。途中で抜けて行った人間もいなかったしね」
「だったら村長に言って、その連中をふるいにかければどうですか。そもそもこの手間、見えたっていう……赤いもの? その時に対処してれば要らなかったんじゃないんスか」

 探るようなタイラーに、何故かアルシアはきょとんとする。が、続きがないと判ると、

「ここに原因ありますよーって、さっきまでサラマンダーに火吹かれてたみんなの前で魔法使うの? 恐いこと考えるな、タイラーは」

 当り前に言われ、はっとする。
 それぞれに農機具を携えながら消化活動をしようとしなかった彼等。それは、火事の原因を知るからこそ、ではなかったのか。
 魔法という特別な対処を持たない人々にすれば、迫るものは火の精である前に凶悪な魔物。

「穏便に解決できれば、多少手間があってもいいじゃん。今回は簡単に済みそうなんだし」

 な? とアルシアの笑みに、斑の尻尾をふりふり、わんッと応じる犬一匹。よほど少年が気に入ったか、果敢なあの犬はここまで勝手に着いて来ているのだ。

「簡単? あたし達にはまだ、村に原因があると特定した、という程度なんだけど」

 一人と一匹から少し離れて立つ玉蘭。犬が苦手らしい。

「どうして。理由が判れば、こういう事件って解決したも同じだよ」
「そりゃアルくんは、」
「サラマンダーが人里を襲う最大の原因は?」
「……怒りを買ったから」
「その理由は?」
「縄張り荒らし」
「今は雨期だよね」

 苦手にする季節でも敢えて里に下りる必要があったと、言いたいらしい。
 その一押しで玉蘭が考え込めば、タイラーもまた今までに詰め込んだ知識を掘り起こしてみた。文献、参考資料、人の噂。王立だけあって、学院に集まる情報量はすさまじいものがあった。学生が触れられたのはその極一部だったにしても、教えられた事柄の真逆の情報が事実としてわんさかあったりもして。
 火精の性のサラマンダーは、眷族同様に温厚とは言い難い。しかし無闇に人を襲ったりはしない。縄張りに近づかなければいいと、先人が教え残したのは、彼等が実は臆病であると見抜いていたからだ。
 そんな精霊を怒らせ、雨期の今に報復される理由。

「----産卵か」
「普通は乾季だよね?」
「温暖な地域だとあえて人が寄らない時期を選んで繁殖期に入ると、何かで読みました」
「……確か火蜥蜴の卵床は有機体だったわね」
「ああ。それが村の誰かなら、知らない間ってのも筋通るぜ?」
「でもそれだと、巣に近づかなきゃいけないわ。神経質になってる彼等を逆上させるだけよ」

 解決に一歩近づいた気がしても、それはあくまで机上の理論。
 この里で長く暮らす村人が、今の時期の火蜥蜴の恐さを知らなかったとは思えない。
 タイラーと玉蘭が揃って無言になれば、犬が心配そうに鼻を鳴らした。つくづく賢い。

「おまえさ、卵の在処知らねぇか」

 溜め息混じりに手を伸ばせば、犬は、何だろうとばかりに鼻を寄せてくる。
 サラマンダーの焦点を卵と仮定するなら、それを巣に戻してやりさえすればいいのだ。

「そう……よね。もう一度探せばいいんだわ」
「シラミつぶしか。時間かかるな」
「ダウジングあるじゃない。あたしも手を貸す」

 すっと背を伸ばし、玉蘭は焼け跡著しい地面を指す。
 犬が驚いて首を引っ込め、タイラーは、無茶言うな、と返した。

「俺は見てねぇんだって」
「イメージは、あたしにあるわ」

 何度もの協同作業で、力の質が合っていることは確信している。その上でなら媒介にできないこともない。しかし躊躇ない玉蘭と違い、タイラーは、他人に丸ごとの波長合わせる器用さがないと自覚しているのだ。

「弾かれるのがオチだと思うけどな……」
「だったら後で別の方法を考えればいいのよ」
「慎重にやってねー」

 どこがいいかしらと、有無を言わせず場所の選定に入る玉蘭と、助言をくれて静観のアルシア。
 内心で息を吐き、タイラーが指定したのはこの水辺の、村に一番近い道の上。玉蘭を村を背にする自分の正面に座らせ、意識を切り替える。
 繊細な作業に失敗の前提など必要ない。
 与えられるイメージに対し、無心になればいい。
 最初はぼんやりとしていた赤い影。意識の集中が高まるにつれ、徐々にはっきりと形を成してくる。

 近い、と。案外な手応えを感じたのは、どれくらいの時間が経っていたのか。

 もう少し、あと少しだけでも、それに近づければ。

 意識を真直ぐにそれへ向けた途端----全ての情景が暗転し、玉蘭が小さな驚きを上げた。

「……今の何」
「卵の妨害行動だ。しばらくじっとしてろ、今のは大したもんじゃないし、すぐ抜ける」

 玉蘭の肩を押し止めた一方、タイラーは名残を無理矢理に追い払い、アルシアを見た。

「卵に魔力なんて備わってんですか?」
「逆に聞くね。その可能性ってどういう状態?」

 簡単に返され、血の気が引いた。
 近いと捉えたこともその証明だとすれば----

「マズいっ!」
「ちょ……タイラー! 待って!?」

 と、コートの裾を引き戻そうとする玉蘭に、タイラーは思わず声を荒げてしまっていた。

「孵るぞ!」
「え?」
「サラマンダーの卵! もうじき孵っちまうって!!」

 玉蘭は蒼白と立ち上がり、犬が呼応して吠える。

 なのに、それはすぐ悲壮なひと声に替わり、目の隅で、斑の体がゆっくりと倒れていく。
 アルシアの手がそっと受け止めた体から、ころりと転がり出た、紅いもの。
 冷たい汗を感じる暇もなかった。
 亀裂が入ったと見るや、閃光を発して。視界を庇う耳に、地面を這う低い低い犬の唸り。
 
 手を下ろして目撃したものに、へたり込んでしまった。

 アルシアが宥めても利かず、荒い息の中でも牙を剥き出すその前で、怯えに火を吹く赤い生き物。掌大しかないとはいえど、半透明な殻をかぎ爪で踏み潰す四肢はどこから見ても、立派な火の精。

「なんてこった……」

 ここまで近くにあったなど、想像の外。まして孵ってしまった以上、是が非でも、還さなければ。
 絶望に眺めた、小さな小さな火蜥蜴。その視線を感じたのか、丸い睛がふっとこちらに向けられ----一歩踏み出す。

「こっち来んな……」

 成体の能力知る本能が、詰められる距離を広げろと警告する。膝立ちのまま、刺激しないよう、少しづつ、少しづつ。
 だが、同じく呆然となっていただろう玉蘭にぶつかり、わずかに身を縮めたことが、隙になった。

「俺は何もしてねぇだろうが!!」

 飛びかかる小さき獰猛に、伸ばした腕一本はただの条件反射。張り付かれた箇所に微かな熱が伝わり、覚悟を決めた。
 また“火”だ。
 よくよく相性の悪い元素らしい。剣に纏わせるのも、そういえば一苦労だったと悠長に考え、目を開けた。
 熱くないのだ。
 着せられたコートの袖は、確かに灼熱を帯びてはいるのに。燃える気配も、煙すら、ない。

「さすがにイイモノ着せてくれるなあ」

 やっと大人しく地に伏した犬を撫で擦り、アルシアはそう感心して、コートだよ、と付け足した。
 己等が衣装は、あの2人組----青い髪の威圧的青年と、お嬢様然とした女性に、アルシアのお支度のついでと渡されたもの。GMの随行として恥ずかしくない身成をしろ、と。

「マジックアイテムだったのね」

 今更にしげしげと触れてみても、そうとはまるで判らない。だが、確かに熱は遮断されている。
 そのことを、仔サラマンダーは理解していないらしい。しっかりと腕に張り付いたまま、真直ぐにタイラーを見詰めてひたすらに鳴く。
 犬はもう唸ってもいないのに。
 親を呼んでいるのか。
 その連呼を止めさせようにも、さすがに直接は触れられなかった。

「----何とかしてもらえませんか」
「君が孵らせたんだ、君が何とかしたらいい」
「……はい?」
「魔力を当てたら、元素の卵は孵る。当然だね」

 そんなことは聞いていないと抗議しても今更だ。慎重にとの意味を取り違えてしまったのは、どうやらまた弟子の方なのだろう。

「じゃあせめて……どうすればいいか、教えてください」
「成長する前なら、君らでも討てるんじゃないかな」
「その方がいいのなら……」
「或いは、連れて行ってあげるか、だね」

 何処へとは、さすがに聞く気にはなれなかったというのに。
 目線だけは小さな精霊から離さない犬を見つめ、玉蘭は生真面目だった。

「その仔に罪はないと思うわ。あたし達は仮にも魔法使いよね」







成せば成るかもしれないぼくら First-Stage 第4話 [2]
20080125

image by 七ツ森

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