成せば成るかもしれないぼくら
First-Stage  第4話 [1]

 その村は、低木連なる道の果てにあった。
 主要街道から道一本外れた場所にあるせいだろう。途中誰と擦れ違うこともなく、連れは、雨季の終わりの風だけ。
 周辺は長閑で、静か。
 だからこそ、それは異様でしかなかった。
 閉ざされた門に、こちらへ視線を投げる2人の男。手には、武器めいた長い棒まで。
 歩き疲れた精神をげんなりさせるには十分な、いかにもな雰囲気に、玉蘭は嫌そうな息を吐いた。

「外来全部が事の原因って感じよね」
「それだけ深刻な状況なんだろ」
「だったらいいんだけど。----ね、アルくん。要請内容はまだ教えてくれないの?」
「判ってたらつまんないじゃん。勉強、勉強」

 長歩きにも疲れた様子なく、アルシアはどんどん先を行く。
 強制的出動となった今回の「仕事」とやらの内容を、少年はそう言って教えようとしないのだ。しかし弟子たる身には最も過ぎて、腹を括って現地まで来てみたものの、いざ目の前にすれば緊張以上の汗が出る。

「大丈夫かよ」
「どっちが」

 わりと豪胆な神経をしているらしい玉蘭。十数時間前の戸惑いはどこへやら、GMを呼び捨てる行為にもすっかり慣れた様子だった。

 そうしている間にも、タイラー達と、村の門番との距離は近づいてしまって。互いの顔がはっきりと見える位置で、止まれ、と命じられた。

「お前等は何だ」

 少年と、大人というには些か年若い男と女。兄弟と押し切るにも明らかに人種が違う。
 どう応じるのかと見遣るべき先は、当然、この一行で一番の高位。
 それはアルシアも心得ていたらしい。にっこりと例の無邪気な笑みを見せ、

「ご不審には及びません」

 と半歩前に出た。

「王都から派遣されました。アルシアと申します」

 流れるような台詞を言い、胸に手を当て会釈する。
 紫黒のマントを羽織り、略式だという華やかな衣装を纏うこの少年が誰なのか、一瞬にしろ判らなくなってしまったほどの、それは見事に洗練された仕草。後方で弟子が呆気に取られて眺めているなどとは、思ってもいないはず。

「こちらは僕の随身です。タイラーと、玉蘭」

 それぞれに流された手の動きにはっとして頭を下げたものの、男達の警戒は緩まない。
 値踏みする視線に耐える、沈黙の時。
 控え目に宝玉を飾り付けた上等な格好をした少年と、淡いレモン色の揃いのフロックコートを着た2人と。あからさまな装いの違いに気付かない人間が、そうそう居るわけもなくて。

「助け手が来ることは村長から聞いてるが、アンタがそうだという証拠はあるかい」

 壮年の男の方が、交渉役を少年に決めた時だ。件のアルシアが視線を外して、「え?」と玉蘭が足元を見た。

「マスター、」
「判ってる」

 と、壁になっていた男達をいきなり押し退けようとして。その無理進入を防ごうとされれば玉蘭が一喝した。

「退きなさい! 何か来たわ!」

 さっと顔色を変えた男達の間をすり抜けたアルシアは、丸太作りの門に手を沿え、軽々と開け放った。

「ぼやぼやしない。行くよタイラー!」
「あ、はい!」

 駆け込んだ村は見た所、それなりの暮らしが成り立った平和な空気が満ちているのだが。中央通りを走り抜ける少年の無言に、身が引き締まる。
 
「玉蘭。方向わかる?」
「判りません」
「そっか」

 やりとりもこの一度きりで、真直ぐに導かれた現場には、炎があった。
 犬は遠吠え、交差する悲鳴と怒声。
 境界に設けられていた柵が、事態に気付いて集まった村人達を嘲笑うかのように、激しく燃えていたのだ。

 と、アルシアの足が止まる。何をと思う間もなく、二本の指が空中をなぞり、そこに現れたのは魔法陣----のようなもの。難解に過ぎたなら解読不能で済ませられたのだが。
 構成体は円。循環の普遍的シンボル。だが、それを支えるマテリアルは七つの先端を持った星型であり、四大原素から利力を引き出す為の聖言語はもはや言葉ですらなく、意味を成していない、22個の模様、としかタイラーには理解できなかったのだ。
 しかも、同じものが炎の中にも印されている。

 初めて見るGMの魔術はあまりにもタイラーの知る常識とはかけ離れ、何が始まろうとしているのかさえ、思いつきもしない。

「みんな下がって!」

 張り上げられた声に人々は振り返り、どよめき、一斉に従った。
 その途端、二つの魔法陣から同時に、元素への働きかけの完了を意味する光が放たれ、炎は恐れなしたかのように、たちまちにして水蒸気と化していって。

「すごい……」

 さすがに呆然とする玉蘭。
 しかしタイラーは、まだ頷くことができないでいた。
 叩きつける熱風の奥、焼け崩れた柵の向こうに、うごめく紅いものを見出したのだ。
 ひとつではなく複数。

「まさか……」
「そのまさかなんだよねー」

 気軽さは合図。蒸気の中と、少年の眼前と。
 魔法陣は異なる輝きを宿して、蹲った人々の前に土の壁を造り出した後、消えた。
 炎から、大地へ。失った境界の代わりと言わんばかりに聳える堅牢。
 なのにアルシアは、状況を飲み込めていないだろう村人達や、タイラーと玉蘭まで置き去りに、見てくれの悪いその天辺まで駆け上がった。意外と身のこなしは軽いんだなどと、感心していれば、早く来いとばかりに名前を呼ばれてしまった。

「村長さんいますかー?」

 玉蘭に手を貸しつつ壁よじ登る頭上からいつも通りの声が降り、既に群集となったその先頭で、初老の男が手を上げた。

「アンタが王都の魔法使いだな! 頼む、何とかしてくれ!」
「その前にひとつ質問。本当に襲撃される心当たりはないんだね?」
「ない! 皆そう言ってる! こんなこと一度だってありはせんかった!」
「判った。----じゃあ、」

 ようやく頂上へ辿り着けば、むっとする熱気が襲ってくる。
 それは、四肢を踏みしめたむろする紅の一群が放つもの。威嚇に唸る口から炎をこぼし、めねつけてくる光のない睛。
 間近で見たのは初めてだった。
 火蜥蜴(サラマンダー)----四大魔力・火精のひとつ。

「追い払う方法考えてみよっか」

 まさかと見上げたアルシアは真面目な表情で。思わず土壁の足元を見下ろして、そろりと視線を戻してみれば笑顔になっていた。

「難しいことは言ってないよね?」

 村人達に聞こえないよう落とされた声。自分達は一体どんな顔をしたのかと不安だった。

「とりあえずでいいんだ。根本解決には調べなきゃいけないことがあるしさ」

 と、紫の眼は膝下を向き、迷っている暇など与えられていないのだと知れた。
 魔道書を開いたタイラーの傍らで、玉蘭は素早く指を組み合わせる。アナグラムの照応表を暗記し、召喚方陣を呪文付で作れるくらいだ、魔法陣という架け橋がなくても魔法は使えるらしい。
 そんな視線を感じたのだろう、頬にわずかな笑みを浮かながら、玉蘭が呪文の唱詠に入る。
 目的のページに辿り着いたタイラーも、そこへ手を乗せ、続いた。

 剥き出しの敵意がじわじわと、互いの声に被さってくる。
 足元の熱が増す。
 一際高い咆哮に、吠え立てる犬、掌の下、印の中、その準備は整った。

 今しも大地の壁を這い上がろうとした火に、ぽつり、と落ちた。
 ひとつ、またひとつ。
 その小さな雫はやがて雨と呼べる勢いとなり、火を司るもの達へと降りかかる。
 眼下はまさに右往左往。突然の極属性に苦鳴を上げて姿暗ますものあれば、背後の藪へよろめき逃げる一匹あり。予想以上の効果はごく短い時間で、サラマンダーの一群を追い払うことに成功したのだ。

 簡単な選択とはいえ“水”の範囲は広い。それでも施術は見事に一致して、思わず握った拳と、改心の笑み。なのに嘆息されてしまっていた。

「まあいいけどね。追いかけるの君らだし」

 と、紫黒のマントを翻し、地上へ飛び降りたアルシア。生真面目な顔で村長と話し始めたその意図はどうにも汲めない。
 何が駄目だったのか。或いは、足りなかったのか。
 降りましょうと玉蘭の落胆に促されれば、まるで聞こえたかのようなタイミングで、手で制された。

「そこならよく見えるだろ」

 一望とはいかないが、不安げにこちらを見上げる人達も、裏手へ続く道成りも、村の様子だってそれなりには見える。しかし、何を、がない。

「あれさ、討伐しろの意味だったと思うか?」
「とりあえずやってみろって? 一匹ならともかく、良くても返り討ちよ」

 己の実力を冷静に分析してみせる玉蘭も、息を吐くだけ。
 あの場面でのタイラー達の選択肢の少なさは、アルシアなら判っていたはずだ。その上での「とりあえず」の解釈は、決して悪い方向ではなかったと、今でも思っている。
 どうしていれば良かったのか、行動を思い返す時間だけは十分にありそうな眼下。
 頭ひとつ小さい少年を囲み、村人達は繰り返してきただろう詮議の真最中。こちらに払われる関心はない。
 アルシアもまた、時折頷き、何かを口にし、人々の反応をじっと眺めている。それは明らかに、頼りになる魔法使いの雰囲気。彼等が目にした魔法の威力も、華奢な少年を救い手と認めるのに一役買ったのかもしれない。
 つい先刻まで脅威に向かって勇ましく吠えていた犬も、その足元へ座り込んで尻尾を振っていた。

「牧羊犬……じゃねぇよな」
「ただの飼い犬だと思うけど?」
「にしては気の強いヤツだと思ってさ。うちの村の犬達なんて、ノグル一匹に、」
「待って」

 と、やや強い口調を投げて視線落とした玉蘭につられ、ぎょっとした。
 彼女の膝近に、不可思議なものが伸び出ているのだ。ぼんやりとしか見えないが、松葉色の触手の先に目玉がくっついているような。
 それがくるりと動けば、玉蘭は当り前のように、その方向へ目を凝らした。

「何、あれ?」
「……おい、」
「見てよ」

 戸惑うタイラーの裾を引き、玉蘭は小さく下方を指すのだが。

「何が、」
「見えてないの? アルくんの足元よ」

 逆に怪訝に返されても困惑が増すだけだ。
 アルシアはただ、人々との話の合間、懐く犬の頭へ手を乗せようと動いただけ。

「あっ」

 なのに玉蘭は驚きの声を上げて。一体何なのかとアルシアへ目を戻し、タイラーは眉を寄せた。
 久々にこちらを顧みていた少年は、何と、口元に指を一本立てているのだ。
 さすがに読み取れた意味。
 玉蘭は口を噤み、釣られて見上げた村人達ともなれば、笑顔付の少年の一言で納得したように議論の再開。
 険しい玉蘭の表情。
 どうしたのかとの再三のタイラーに、いきなりだった。

「……解答持ってるわよ、あの子」
「あ?」
「絶対に偶然じゃないもの。あれで見えなくなったわ」
「説明願えませんかね」
「……本当に見えてなかったのね」

 低めた声に憮然と頷き、玉蘭は、

「アルくんの足下というのは語弊かもしれないけど、その辺りの地面にね、うっすらとした赤いものが見えたのよ。光の加減かとも思ったけど、青乎が反応していたし、動いていたわ」
「今は?」
「ないわ。アルくんがさっき踏んだじゃない……と、あれの存在に気付いていて、わざと踏んだ。いえ、抑えた?」
「それって、まさか」
「原因よ。多分」
「だから、ここで見てろ、ってか?」
「大概なヒントだわ」

 玉蘭の心外そうな呟きは最もだった。
 何しろアルシアは程なくして話を切り上げ、村人の輪を外れたのだ。これ見よがしなそのタイミングと、手招き。
 思い通りの進行に、しかし逆らう理由は見当たらない。彼は師だ。
 お願いしますと頭を下げる村人達が十分に離れたのを確認し、タイラーは控え目に噛み付いてみた。

「どういうことスか」
「タイラーも見えたんだ」

 目を丸くするわざとらしさを堪えれば、あはは、ときた。

「玉蘭の視野は人一倍広いから気にしない。村に入る前も、気付いてたろ」
「ああ、」

 とは玉蘭。不貞腐れるタイラーに苦い笑いを向け、

「青呼よ。キャッチした異変を教えてくれるの。言ったでしょ、憑き物だって」
「まさか……あの目玉?」
「----観えたの?」
「ぼんやりと」

 正直に応じたタイラーに、玉蘭もまた素直な驚きの表情。
 無形の存在ならまだしも、これで“青呼”を見たのは二回目だということを、彼女は忘れているらしい。出会い頭、アルシアによる誘導時は霞としか認識できなかったのだけれど。居ると断じられたものが見えるのは、当然なことではないだろうか。

「そればっかりに頼ってちゃいけないよ。動けなくなった時、君が困るんだから」
「心してはいるんですけど。つい……」
「で。見えたというモノは結局、何だったんですか」
「この村が狙われる理由に決まってるじゃないか。何しに来たか、覚えてる?」
「話してもらった覚えがありません」
「同じく」

 異口同音に抗した2人を見回し、アルシアは首を傾げた。







成せば成るかもしれないぼくら First-Stage 第4話 [1]
20071225

image by 七ツ森

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