成せば成るかもしれないぼくら
First-Stage  第5話

 朝まだき。
 内海の潮香と、薄い靄。
 そして細く消え入る絶叫と。

 すわ何事ぞ、などと全力で駆けつけたのは一度きり。翌日、また翌日と続けば救出へ向かうことが馬鹿馬鹿しくなった。

「お前も懲りないよな……」

 採れたて野菜の土を洗い落とす片手間で、タイラーがそうぼやくと、濡らした布を額に当てる役立たずは昨日と同じ台詞を吐いた。

「どれもこれも葉っぱよ、見分けつくわけないわ」

 もっとよく確かめればいいじゃないかと、最初の朝の進言が活かされるのはいつになるのか。
 食材調達担当である玉蘭は、アルシア邸の菜園で毎日欠かさず奇襲に遭っていて。
 原因は、広い畑を縦横無尽に寝床にして回る自立歩行マンドラゴラ・通称ドラちゃん。そして微睡みを破られた不機嫌の一声を収めるのは、釜戸で食材の到着を待つタイラーの役割になっていたり。
 GMの下での修行開始からはや一週間。
 想像以上に刺激的な生活は、予想だにしなかった方向での、慣れ、をもたらしつつあった。

「毎朝謝り倒す俺の身になれよ。いつか逝っちまう」
「それね……気になってたんだけど、」

 毎日浴びせられる呪言への耐性がついたか、玉蘭の回復ぶりは日に日に早くなっている。半ば命懸けで採ってきた3人分の野菜をタイラーが洗い終わる頃には、そう言いながら立ち上がれるようになっていた。

「判ってるのかしら、あたし達の事」
「どういう意味で?」
「マンドラゴラの呪いの声って一撃必殺でしょ?」
「ああもデカくなりゃあ、呪いも加減できんじゃねぇか」
「やっぱり、そう思う?」
「自力で土中から抜け出るヤツだぜ、そんなもの朝飯前だろ」

 実は人語を話せるのだと言われたとしても、やはりと思うくらいで。呪いが本職の魔草の奇異は今更だ。薬草の効用を教授されていた四日前の菜園で目撃した瞬間以上の衝撃など、この先さすがにそうないはず。
 いや、そうであって欲しいと思うのだ。
 分厚い束で渡されたアナグラムの課題は解く以前にこれまた読めず、マジックソードの鞘作りに必要だと思われる書庫の資料達は頑として表紙を開かせてくれなかったり。
 宣言通りに挙行された夕食後の召喚対決に至れば、玉蘭へ毎回不戦勝を献上するていたらく。まさか召喚陣作製の時点で勝負が決するシビアさだとは思わなかった。故にタイラーが手にした鞘の材料は、先日の「仕事」で得た水の石ひとつ。
 湯を沸かすくらいなら手を貸してくれる玉蘭に、二歩も三歩もつけられた差はアルシアの心象に反映されつつあるが。
 まだ一週間だ。

「そのうちガードしてみせなきゃね」
「先に野菜との区別がつくようになれって」
「意味ないでしょ。普通は抜いたら終わりなんだから。----ね、これってもういいの?」

 料理は嫌いと決め付けていたらしい玉蘭は、湯気立ち出したかまに指を突っ込もうとして。
 堪らずに説いてやった沸点のこと、真水と溶解液では違うという行で、どうしてとしつこく問い返され、窮してしまった。
 すると玉蘭はすかさず「待ってて」と、釜戸を出て行ってしまった。アルシア所蔵の膨大かつ稀少本埋もれる書庫へ向かったのだろう。
 何よりも勝る旺盛な意欲。
 タイラーに足りない向上心の根だと言われた。
 事の前から結果を考えるのは上達してからでいい、と。

 手持ちの選択肢がどうあっても少ない今、やらなければいけないのは方法を増やすべき努力。
 出来ないと思い決める前に無茶をしろ。

 突然に始まり終わった「仕事」の後、GMは、未熟な魔法使いへそんな助言をくれた。

「何をするためにオレの所へ来たか、よく考えながら過ごしてね」

 疎かにすべきこと、優先順位のこと。
 タイラーも重々承知してはいるのだけれど。
 作りかけの朝食がどうしても気になってしまう。料理は紛うこと無き「仕事」の一部。
 パタパタと石床鳴らす足音に、案外早いなと思いつつも、手頃な資料見つけただろう玉蘭の講釈を聞くいつものために調理を再開した。

「おはよー」

 が、入ってきたのはアルシアで。寝癖のついた髪がふわふわ揺れている。
 階下から声かけるまで起きない人種だとの思い込みが、早いですね、と言わせてしまった。

「……日の出起床の習慣ないもん」
「人を年寄りみたいに」
「や、物好きだなって。昼間すればいいのに」

 それを仕入れる早起きだったらしい。林檎盛られた籠を抱えたアルシアに何をと聞けば、きょとんとされた。

「稽古。毎朝剣振り回してるじゃん」
「……知ってたんスか」
「びっくり、ここオレの家だよ」

 深皿に林檎を移し、冷たい水を汲み出す上機嫌な後ろ姿に、タイラーは、うっかり出掛けた言葉を呑み込んだ。

「何つうか癖になってて……」
「うんうん。魔剣士目指そうって人の日々の修練まで禁止したつもりないから」

 バレているかもしれないと考えてはいた、剣技の稽古。魔法使いの自覚を改めて問われ、しばらくは封印した方が良いと思ってもいたのだが、もう何年も続けていた自己流の習慣はやはり、捨て難かった。

「----鞘が出来上がるメドも立ってないんスけどね」
「どのみち魔法のレベル上げるのが先って? アハハ頑張れ」

 早く冷えろとばかりに出される水の音に、鼻歌が小さく混ざる。
 あれ以来、アルシアはいつも楽しそうにしている。弟子2人が頭悩ませ四苦八苦する側で、吹き上げる魔法に右往左往する姿に、遠慮なく声上げて笑う。あの仕事の時に見せられた機嫌の悪さは、やはりかくあるべきだと、普通なら尻込みしてしまいそうになるのだが。
 やがて戻って来た玉蘭も、今日は早いのね、と同じ挨拶を投げかけて。
 着々とできあがる朝食をひとつ、こちらもとつまみ、当然タイラーも参加することで、マテリアルの混合についての即席勉強会になってしまって。
 適当に片付けただけの床へ、弟子と一緒に車座になることをアルシアは厭わないから。

「じゃあ今日は四大原素の結合にチャレンジしてみよっか」

 寝る前の一時に復習した事、思いついた事、抱いた疑問……堪える理由などない知識への欲求を一通り吐き出した頃、いつもの物言いがやってくる。
 それは、目を見張るような一日の始まりの合図。
 美味そうの林檎を齧る少年から今日はどれだけ、そして何を引き出せるのか。
 今はひたすら日々が楽しい。

 もう一週間、されど、まだ一週間。







to the Next Stage...



成せば成るかもしれないぼくら First-Stage 第5話
20080423

image by 七ツ森

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