Second-Stage 第2話
「青呼をどうしろって?」
「施術中はどっかへやった方が良いんじゃねぇかって話だ」
「それは無理だと前に言わなかったかしら?」
「聞いてないぞ」
負けじと見返す、などとは我ながら可笑しな行動だと思えるが、玉蘭が真正面に向き直ってくる態度である以上、引くわけにはいかないのだ。
謂れ無き不機嫌のこの露骨、あしらうにも受けるにも、甚だ不本意なのは無論タイラーである。上手くいかない召喚の手助けにとの進言を無碍にされただけでない前提もあったりして。それも五日分だ。
「言ったわ」
「だから聞いてねぇ」
「覚えの悪い頭ね。底の底まで記憶浚ってみなさいよ」
「お前の方こそ、人様の意見聞けるよう、氷河みてぇに固いその頭の構造をどうにかしろ」
「拝聴すべき御意見なんていつ聞けたわけ?」
「耳貸すつもりすらない奴に言っても無駄っつうもんだろ?」
「聞き止める程の言葉じゃなかった何よりの証拠じゃないの、それ」
「右から左に素通りしてりゃあ、金言も、路傍の石っころだぜ」
「言ってくれるわ、この意気地無し」
「無鉄砲な無策より遥かにマシだ、勢いだけで何でもかんでも突き進みやがって」
「それがこそ“あたし”だわッ」
憤然と詰め寄る玉蘭の頬は紅潮し、ますます目を釣り上げたタイラー。疎かになっていたのは注意と足元。
「あーあ、」
そんな間抜けな声を聞いた気になった瞬間だ。
玉蘭の足先が魔法陣の外周を踏みつけ、一気に何かが噴出した。
突然の事で尻餅ついたタイラーと、吹き飛ばされたはずが何故かまだサークル内に留まっている玉蘭と。二人の間を駆け巡ってくれたのは、無様を笑う声ではなくて、燐光纏った小さき者、だった。
優雅とも言える浮遊は光の弧を描き、それはやがて、タイラーの側までやって来た。
「お……おまえ、」
耳の近くで羽鳴りがそよぐ。
産毛を撫でる柔らかな、鈴の音のような気流に、全くの覚えがないわけじゃなかったのだが。
見れば玉蘭は、先刻と同じ場所に座り込んで青い顔。結い上げていたはずの黒髪は吹き荒ぶ風に弄ばれているかのように乱れ、舞う。
何だと思う前に、タイラーの眉が寄った。
音が、聞えない。
玉蘭一人暴風の只中であるような状況が滑稽なほど、タイラーの周りは遠い潮騒だけ。
「お前の仕業……なのか?」
リン、と。透ける羽が震える音は、タイラーに応じたつもりらしい。
けれど何故、今、なのか。
召喚の術はとうに失効しているはずで。まして実行したのはタイラーに非ず。
とはいえ触れる気配は実感で、目前を飛び回っているのは紛れも無く、小さき者たる風の精霊・シルフ----かつて契約交わした、その当事者。
一方の玉蘭。身に起きた異常が己だけであることを悟ったらしい。止まない風に手をかざしながら、尋常でなく尖った視線を投げてくる。多分にしてタイラーの仕業だと思っているのだろう。
その証拠に、何事かを喚くも届かないと理解するや、横柄に顎をしゃくられて。釣られて移した視界に愕然となった。
「……俺は無実だ」
共に創り上げ、結局は機能しなかった召喚用魔法陣の片方が、よりにもよってタイラー担当の側だけが、詠唱完了を示す輝きに満ち溢れているのである。シルフも現れ出でるというものだ。
冗談じゃないと呟けど、玉蘭に聞えるわけもなく。
これは何が何でも、早急かつ無傷で脱出させてやらなければ、無実の汚名を着せられてしまいかねない。
しかし、だ。
召喚したつもり以前に、魔力を使ってすらいなかったのに、どうして魔法陣が発動を始めたのかが気になった。
玉蘭が動いたあの一瞬。何が生じたのかなど、覚えていない。まして睨み合っていた時の魔法陣の状態など。
主を悩ます精霊は、そこらを漂い遊ぶ気侭ぶり。
きっかけはどこか。
片側だけが発動状態の魔法陣、なのに玉蘭が留められているのは残り半分。
「がんばれー」
黙り込んでしまった背に当たる、退屈そうなその物言い。
確かに、頑張れ、だ。理解していないだけで、きっかけは自身と、そして玉蘭にしかないのだから。
「手出しされた、とかは無いスよね?」
「そんなこと教えるわけないじゃん」
「ですね」
やはり己等二人、或いはどちらかが引き金なのだと確信すれば、やるべき事はただひとつ。
こちらの出方を計りつつも胡散臭そうな顔に向け、びしりと指を突きつけた。
「出せるもんなら出してみろって」
咄嗟の怒り浮かべた黒目も、タイラーが促すように指先を落とせば素直に追いかけ、表情が一変した。
地面を叩き、拳打ち付ける。だが、足先でなくても構わないらしい合図に応じる、いつもの存在は姿を見せぬまま。やがて諦めたか、がくりと肩を落とした邪法使いの心中逆撫でするように、魔法陣の明滅が輝きを増していた。
これで異論はないだろう、精霊との契約を失敗る原因が、何か。頑なに否定しようが、惚けようが、身に降りかかった異変は現実で。
後はそう、妙にしおらしい表情で訴えかけてくるその望み通りに脱出させてやる事、である。
簡単に済むか、難儀をするか。或いは----
召喚者の存在なぞ忘れてふわふわと舞う小さき者と戯れる少年に抱くまさかをもう一度振り払い、タイラーは魔道書を手に取った。
魔法陣の意図せぬ発動理由を探る為、そして五日間手助けした結果の、後始末として。
成せば成るかもしれないぼくら Second-Stage 第2話
20080725
image by 七ツ森